【感想】寺地はるな「大人は泣かないと思っていた」がとてもよかった
最近読むようになった、寺地はるなさんの作品。
ちょっと前に「夜が暗いとはかぎらない」を読んで、すごくよかった。
「夜が暗いとはかぎらない」は60もの短編がつながった超短編連作小説。
こころがあたたかくなる素敵な読後感。
寺地はるなさんの作品をもっと読んでみたいと思い、2冊目を読んでみました。
今回は「大人は泣かないと思っていた」を読みました。
すごく心が暖かくなって、心のデトックスに。
今回は章ごとに感想を書いてみました。
ネタバレがふんだんにありますので、まだ読んでない人はご注意を。
言いたいことは、「とてもよかったからおすすめです!」ということです。
それでは感想をつらつらと。
大人は泣かないと思っていた
連作短編の表題作。
田舎に住む32歳独身男性、時田翼の目線で物語が始まります。
同居する父が向かいの婆さんに庭のゆずが盗まれるとわめくので、夜に友達と庭を見張ることに。
見張っていると、本当にゆずが盗まれたので、犯人を捕まえると、向かいの婆さんではなく、若い娘。
小柳レモンという名の娘に事情を聞くと、向かいの婆さんは寝たきりとなっており、周りに反対されながら介護をしていたことを独白。
婆さんがぽつりと漏らした、昔隣の人が作っていたゆずジュースが飲みたいという言葉を聞いて、レモンが隣のゆずを盗んでいた。
わざわざ盗まなくってもよいのにと思う(笑)
やってみたら介護が大変だったと独白しながら泣くレモン、老いてわめく自分の父親の姿、母が家から出ていったときの父の涙、人知れず泣いていただろう出ていった母の涙。
色々な涙の情景がありありと想像できて、胸に染みます。
不器用で真っ直ぐなレモンの生き方に心がじんわり。
私も子供の頃は大人は泣かないと思っていたかも。
私は泣き虫で毎日感情を揺さぶられることがあるとすぐ泣く子だったので、父親が全然泣かないのを不思議に思っていたのを思い出しました。
小柳さんと小柳さん
小柳レモンは一見不良娘に見えるが、その内面のやさしさ、母への愛情が尊い。
小柳レモンが努めていたファミレスを首になり、その場面に遭遇した翼が車でレモンを送っていきます。
そのとき、レモンに一本の電話が。
義父の小柳さんからで、倒れたとの伝言。
急遽、翼と病院に駆けつけるお話。
レモンと義父が仲良がいいことに対する近所のおばさん達がする噂話。
まっすぐなレモンは不快な気持ちでもやもや。
小柳さんがする家族の話にレモンの気持ちが解きほぐされていきます。
鈍重でひたすら優しい母の再婚相手の小柳さんの人柄に癒やされる。
この章でもレモンのまっすぐさ、母親への深い愛情が見える。
翼が無いなら跳ぶべきだ
翼の親友である鉄也とその恋人玲子の話。
鉄也は玲子と結婚したいと思っているので、自分の家族に玲子を紹介したいが、
玲子は離婚歴があり、ためらっている。
閉鎖的な田舎の、男尊女卑があたりまえな家の雰囲気。
鉄也の父親に冷たく当たられていた母親を案じて、玲子がはっきりと物申す姿が気持ちいい。
はっきり思ったことを言う強い玲子、それを見て素敵だと思える素直な鉄也。
二人がとても大好きになりました。
翼の親友である鉄也と、その父親のキャラクターが深堀りされて、物語が膨らんでいきます。
あの子は花を摘まない
家を出ていった翼の母親の話。
共同経営者と若くない女性の美を扱う仕事をしています。
アパートの隣人とその彼氏の仲違い、仲直りに遭遇し、
離婚して一人で生きることになった自分に思いを馳せる。
閉鎖的な環境に辟易していたのは確かだけれど、元夫のことが憎かったわけではない、嫌いになったわけでもないという気持ちに、リアルを感じます。
勢いやタイミング、そのときの気持など、離婚の理由を一言では語れない複雑な感情が読んでいると感じられます。
翼に会いに行った時に翼が言った「お母さんはもう振り返らずに生きていけばいいよ」という言葉。
初めは決別の言葉として捉えていたが、あれは息子からのプレゼントだと思えるようになっていく。
人に言葉で気持ちを伝えることの難しさを感じました。
言葉の捉え方次第で全然違う意味になってします。
妥当じゃない
翼と同じ職場に勤める、翼をほんのりと好きな女子、平野の話。
翼のことに憧れているが、結婚相手として「妥当な人」という言葉で感情を隠し、素直に好きだという気持ちを認められない。
偶然出会った翼のことが好きなレモンを見て、遅すぎた気持ちに気づく。
自分の気持をごまかさず、素直になることは、自分を大切にするためにも大事。
小柳レモンは最強です。かわいい。
ここでも30歳を過ぎた女性に対する閉鎖的な田舎の雰囲気が。
私も田舎の生まれなので、その雰囲気が痛いほどわかります。
同僚の亜衣と飯塚の結婚。彼女のいる飯塚から、狙って略奪できちゃった結婚をすることになった亜衣の話が次章の伏線になっています。
おれは外套を脱げない
話は鉄也の父親の目線。
飯塚と亜衣の結婚式に出席して、翼、平野、もう1人の女性と同じテーブルになります。
なんと、もう1人の女性は飯塚が元交際していた女性。
結婚と妊娠で気持ちが不安定になった亜衣と同じスポーツクラブに潜り込み、偽名で友達になって亜衣から招待されたとのこと。
狂気を感じてビビる鉄也の父親と、話をさせるために飯塚を誘拐しようと言い出す翼。
反対する鉄也の父親を、翼は嫌いなお酌をして飲みつぶし、女性と飯塚に話をさせることに成功します。
突然去っていった恋人と、納得のいく話ができなかった翼の後悔が見えて、次章の伏線になっています。
鉄也の父親の揺れる気持ちが見事に描かれています。
家を守るために肩肘張って生きていたこと、最近変わった妻の態度、年をとってそんなに簡単に変われない自分。
年輩の田舎の親父が感じる気持ち、不安な気持ちがリアルです。
それでも最後は、自分の体調の変化を不安に感じていたことを自覚して、少し素直になれた親父の姿がみられます。
君のために生まれてきたわけじゃない
父親が入院し、 人に頼れずに消耗していく翼が描かれます。
病院で去っていった恋人に偶然に再開。
少し時間が経って恋人が思っていた本音を聞くと、
恋人が別れることを自分で決めたことを実感する翼。
言葉を受け取った人の解釈と、言葉を放った人の気持ちは必ずしも同じでないことを改めて感じます。
物語を読んでいる読者としては、父親の入院を母親に伝えるべきと思うが、翼は母親は知りたくないだろうと思い、かたくなです。
母親は父親のことが全て嫌いなわけではないと知っている読者としてはもどかしい。
心配してくれたレモンにも、素直に気持ちを表せない翼。
そんな翼とレモンを親友の鉄也が繋いでくれます。
人のつながりの暖かさに心がほっこりします。
最後に
寺地さんの作品は読み終わったときに心が温まって、ほっとします。
自分の近くにいる人を大切にしようと思えるようになる。
仕事に行く前に読んだので、精神的に安定して、よい1日のスタートになりました。
寝る前にほっとするために読むのもとても良さそうです。
もっと、色々な作品を読んでみたい。
次は「水を縫う」を読んでみようかな。